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ハワイ島の歴史
独特の奥深い歴史をもつハワイ。アメリカ合衆国50番目の州になるまで、その長い歩みは決して平坦なものではありませんでした。ここでは簡単にハワイの歴史を紹介。歴史の背景を知ることで、また違ったハワイを発見できるでしょう。
第5回 ハワイ王朝の終焉〜アメリカ合衆国へ
第4回 キリスト教の布教とプランテーションの発展
第3回 ジェームズ・クック来島とカメハメハ王朝
第2回 ポリネシア人の社会
第1回 ハワイ諸島の誕生とスターナビゲーション
 
第5回ハワイ王朝の終焉〜アメリカ合衆国へ
1810年、カメハメハ大王のハワイ統一から80余年の間、8代の王により続いたハワイ王朝。その歴史は近代国家ハワイの礎を築く一方、西欧諸国の勢力から王国の主権を守るべく戦った激動の時代でもありました。 カメハメハ3世の時代、憲法公布など、急速に近代化政策を実現。しかし、制度導入には白人の知識を要したため、同時に彼らの勢力も強まります。
その後続いた3代の王は皆短命で他界。次に即位したカラカウア王は優れた外交能力を有し、アメリカとの通商互恵条約を締結。その影響によりプランテーション事業が発展、アメリカ人事業家が急成長を遂げます。また、カラカウア王はアメリカ勢力に立ち向かうべく各国との交渉、労働力不足による移民要請のため、世界一周の旅に出ます。この頃、日本にも立ち寄り明治天皇とも謁見しました。また、ハワイ国王の公邸、イオラニ宮殿の建設という偉業を成し遂げます。
しかし、この王朝の繁栄に警戒心を抱いたアメリカ人勢力は、武力行使により新憲法を発布。これは国王の権限を大幅に制限する内容であり、この頃からハワイ王朝に黒い影が忍び寄り始めます。
その後、王朝最初で最後の女王、リリウオカラニは王政復古を目指し王党派中心の組閣、新憲法制定を試みるものの失敗。1893年、アメリカ人事業家を中心にクーデターが勃発、ハワイ王朝に幕が降ろされました。
翌年には当時判事であったドール氏を大統領とし、ハワイ共和国が成立。その後アメリカの準州となります。以降、太平洋戦争を経て1959年に合衆国50番目の州へ併合。1970年代には観光業がハワイのメイン産業となり、世界中の人々に愛される魅力的なリゾートへと変貌を遂げました。
ハワイ王朝の歴史に大きく貢献したカラカウア王建造のイオラニ宮殿。このアメリカ唯一の王宮は、舞踏会が行われた広間やカラカウア王の執務室、女王リリウオカラニが幽閉された部屋を有する、王朝の栄華と崩壊への歴史を語る貴重な建造物です。

Iolani Palace イオラニ宮殿
電話:(808)522-0832 http://www.iolanipalace.org/index.html(英語)
ガイド・ツアーにて見学、要予約。

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第4回キリスト教の布教とプランテーションの発展
 Hawaii’s Plantation Village
 ハワイ・プランテーション・ビレッジ

 住所:94-695 Waipahu Street, Waipahu, Hawaii 96797
 電話:808-677-0110
 http://hawaiiplantationvillage.org(英語)

19世紀頃から始まったハワイの産業発展は、白人勢力の影響を色濃く受けたものでした。1820年頃、キリスト教の布教のためアメリカから宣教師団が来島。その頃、これまで島民に厳しく強いられてきた生活全般に関する戒律「カプ」が廃止され、階級制度や伝統宗教へのゆらぎと相まってキリスト教が広がりました。こうして宣教師達が政治や経済に影響力を持つと同時に西洋化が急速に進み、ハワイ古来の文化が衰退していくことになります。

産業においては砂糖きびのプランテーション時代を迎えます。外国人に土地の所有権が認められ、白人移住者が次々と不動産を購入。プランテーション事業が一気に拡大しました。1900年代に入るとパイナップル・プランテーション時代へと移り、ジェームス・ドール氏が経営する「ハワイアン・パイナップル社(現ドール・フード・カンパニー)」が台頭に。1940年頃にはハワイでの生産量が世界の約8割を占めていたともいわれました。

このハワイの基幹産業となったプランテーション事業を支えたのが中国や日本、ポルトガルなどからの移民でした。日本から初めて移民が受け入れられたのは1868年といわれています。1885年頃からは、明治政府との条約締結により約3万人が渡来し、彼らは厳しい労働条件のもと、ハワイでの生活を確立するため日々心血を注ぎました。

こうした各国の移民の歴史を学べる文化施設がオアフ島真珠湾の西側、ワイパフに位置する「ハワイ・プランテーション・ビレッジ」。ここでは当時の労働者が暮らした住居などが復元されています。歴史に思いを巡らせながら訪れてみるのはいかがでしょうか。

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第3回ジェームズ・クック来島とカメハメハ王朝



ポリネシア人が移住してから何百年という間、外界から閉ざされていたハワイ。しかし、18世紀後半、イギリスの探検家キャプテン・ジェームズ・クックがハワイ諸島を発見することで、歴史が大きく動き始めました。彼はまずカウアイ島に寄港。ここから西洋人とハワイアンの交流がはじまりました。

西洋文化の流入はハワイに様々な恩恵をもたらすと同時に疫病や武器などが持ち込まれる結果となり、良くも悪くもハワイは新しい文明を受け入れることになったのです。この時期、ハワイでは絶えず争いが起きていましたが、1810年にハワイ島のカメハメハが全島を統一。ここにカメハメハ王朝が誕生します。ちなみに、ジェームズ・クックは後にハワイ島で島民と争いを起こし、命を落としました。

ハワイ王朝はその後、大王の子孫であるカメハメハ2〜5世からハワイ最後の王となったリリウオカラニ女王まで、歴代の王によって約80年続きました。
ホノルルでは今でも王朝ゆかりの建物や銅像など、歴史の名残りを感じさせる名所が多く残っています。中でも、カメハメハ大王のひ孫にあたるパウアヒ王女の死後、夫君ビショップ氏が追悼の意をもって創設したビショップ博物館は王室由縁の美術品などが多数展示され、ハワイの歴史を楽しく学ぶことができます。オアフ島に行った際はぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

 ビショップ博物館
   住所:1525 Bernice St. Honolulu, Hawaii 96817-2704 
   電話番号: (808) 847-8291
   URL:http://www.bishopmuseum.jp/index.html
 
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第2回ポリネシア人の社会
森羅万象すべてに神が宿るという思想を持っていたポリネシア人。彼らは身近に神殿や祭壇(ヘイアウ)を作り、その霊力を生活の中に取り込もうとしていました。
今でも古代ハワイの名残りとして、各島のいたるところにヘイアウが点在し、力(マナ)の宿るパワースポットとして人々に崇められています。そして神に捧げた踊りは古典フラとして現代に継承されています。
この時代は階級制度が確立されていた社会。島の土地はいくつかの領地に分割され、最も位の高い酋長(アリイ)がそれぞれを統治していました。そんな中マカアイナナと呼ばれていた民衆は、「カプ」という厳しい戒律を守らなくてはなりませんでした。例えば、男女が食事を同席すること、女性が当時の主食ポイの原料であるタロイモの畑に入ること、豚肉やバナナを食することが一切禁じられ、戒律を破った者には厳しい罰則が課せられることもありました。

ハワイ島歴史の散策  
   
プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園
厳しいカプのルールを破った人々が罰から逃れ、罪を償う神聖な場所でした。今ではヘイアウやティキと呼ばれる守護神像が復元されています。
   
アナエホオマル・ペトログリフ
ワイコロア・リゾート内のキングス・トレイル近くに残るペトログリフ。ペトログリフとは、文字を持たなかった古代の人々が岩や石の表面に刻んだ絵や文字のこと。人間や動物、魚などのモ
チーフを見ると、当時の人々の生活を伺うことができます。
   
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第1回ハワイ諸島の誕生とスターナビゲーション


日本から約6,190kmの場所に位置するハワイ諸島は、6つの主要な島と130近くの小さな島々で構成されています。数百万年前、海底の火山活動によって最初にカウアイ島が現れ、順に南方の島々が誕生しました。最も若い島は、現在も噴火が続くキラウエア火山を擁するハワイ島です。

ハワイ諸島に人間が住むようになったのは、島が誕生してから何百万年も後のこと。最初にハワイに定住したのが、約3,500km離れたマルケサス諸島からやって来たポリネシア人と言われています。1100年頃にはタヒチからも多くの人々がハワイへ移住しました。海図や近代的な航海計器が存在しなかった当時、彼らは星の位置や波、風の動きを手がかりに自分たちの現在地と進路を導き出していました。この古代式伝統航海術は「スターナビゲーション」と称され、ポリネシア人が遠洋航海で広大なエリアを開拓する時代には必要不可欠な航海術とされていました。
しかし、18世紀後半に西洋文化の波が押し寄せると、ハワイ古来の文化と共にカヌーによる航海が衰退し、スターナビゲーションも自然と消滅してしまいます。

ところが1970年代に入ると、失われたポリネシア文化を見直し、ハワイ人の誇りを取り戻そうという運動が高まります。1975年にはこの流れの一環で、古代航海術であるスターナビゲーションの理論を学術的にも立証しようと、古代の形状を模した航海カヌー『ホクレア号』が再現されました。ハワイ語で「幸せの星」の意味を持つホクレア号は1976年の初航海から今にいたるまで、スターナビゲーションにより針路を決め、なんと地球4周分の距離を旅してきました。

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